「7.29脱原発国会大包囲」報告

 2012年7月29日の日比谷公園は強烈な陽射しにさらされていたが適度に風が吹き抜けて、最も心配された熱中症への危惧はひとまず薄らいだように思われた。
 だが、すでに集会開始の15:30には、中幸門にいたるいくつもの遊歩道スペースは人々で埋めつくされ異様な熱気に満ちていた。
 デモ出発は16:30の予定であったが、増え続ける参加者に押し出される形で、早くも16:00頃には先頭集団が通りへ繰り出した。当局の規制は比較的ゆるやかで、これまでのように五列縦隊をかたくなに押しつけてくるようなこともなかった。いや、6月以降、毎週の官邸前抗議に見られたように、どんどん人々が湧いてくるので、もはや杓子定規な規制は混乱を大きくするだけであるし、不可能にもなったのだろう。デモの勝利、こういう思いが頭をよぎった。
 デモ隊は内幸町の交差点を渡って東電本社前に向かった。交差点の第一勧銀前の高台に、デモ隊に抗議する原発推進派の人々が数十名陣取っていたが、あっという間に激流に飲み込まれた岩頭のようになってしまった。東電前には警察車両が1台横付けになっていたので、激流のような行進は道路いっぱいに膨れあがってしまい、結果的には、これまでで最も圧倒的な東電前抗議の様相を呈した。
 その後デモ隊は、ガードをくぐらず線路沿いに新橋方面へ進み、外堀通りに出て右折し霞ヶ関方面へ向かった。曲がり角では後続の様子をうかがうことができたが、やはりこれまでのデモと比べるとはるかに太い隊列となっているようだった。西新橋一丁目の交差点で再び右折し、デモのゴールである日比谷公園の西幸門へ17:00頃に凱旋したが、驚くべきことに、まだ出発できないデモ隊が中幸門の内側にはたくさん待機していたのであった。

 国会包囲行動は19:00からの予定であったが、次々到着してくるデモ隊に公園スペースを空けるために、先着の人々は18:00前から国会議事堂方面へ移動を始めた。デモには参加せず議事堂周辺の地下鉄各駅から直接包囲行動へ参加してきた人々の数も大変な規模であったようで、我々が財務省上の交差点に差し掛かった頃には、直接議事堂の方へは向かえなくなっていた。
 交通警官は次々と日比谷公園の方から押し寄せる膨大な人々を、国会前庭を迂回させ、さらには正門前の大通りを渡らせて、前庭の周囲の歩道へと押し込めていった。それは奇妙な光景であった。前庭にはさまれた正門前の大通りは人々の密集した歩道から急ごしらえの鉄柵で守られ、全く車の通行もない実に広々とした空間と化していたのだ。抗議行動に参加した主権者である膨大な人々は、檻に閉じ込められたような具合で、議事堂を背景に、無人の正門前大通りだけがのさばっているように見えた。
 追い立てられるように、この無人の正門前大通りを封鎖するバリケードに沿って歩かされていた人々の中から声があがった。「人々に道路を開放しろ!」
 それはごく自然な要求に思われた。すでに歩道からあふれた多くの人たちは鉄柵の内側、つまり車道を歩き始めていたにもかかわらず、交通警官は無理に歩道に押し込めようと威圧していたのだがら。車の通行から歩行者を守るためと言い訳していたが全く説得力がなかった。
 19:00過ぎには車道を進んでいた人たちの中から鉄柵を車道側へ引いて開ける人たちが出始めた。あっという間に歩道に押し込められていたおそらくは万単位の人々が正門前大通りにあふれ出て、再稼働反対のシュプレヒコールが始まった。
 それは暴動のようなものとは全く性質を異にしていた。主権者として、個々人が責任ある意志表明を行ったのだ。その証拠には、熱い、そして心のこもった意志表明を30分近く行った後、終了予定の20:00にはみな整然と帰途についたのだから。(H)

日時:2012年7月29日(日)
集合場所:日比谷公園中幸門(日比谷公会堂裏)
集会  15:30~
デモ出発16:00~
国会包囲19:00~(集会 ╱キャンドル・チェーン)

主催:首都圏反原発連合
協力:さようなら原発1000万人アクション / 原発をなくす全国連絡会 / ザ・アトミックカフェ/ 脱原発世界会議 / WISE Amsterdam

原子力基本法改悪に断固抗議する緊急アピール