野田退陣要求デモ記者会見における、柄谷行人氏の談話草稿

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7.1「野田やめろデモ」に向けての声明 (柄谷行人起草)

 野田首相は6月8日の記者会見で、大飯原発の安全性は確保されたから、再稼働を決断したと述べた。しかし、大飯原発の安全はまったく疑わしい。そもそも、福島原発がなお極めて危険な状態にある。にもかかわらず、その実態に関して、情報が秘匿されたままである。また、原発がなければ電気が不足するという見方が虚偽であることは、すでに証明されている。世論調査によれば、70パーセント以上の人々が原発再稼働に反対している。
 そのような状況において、野田首相が、「国民の生活を守るために」原発の再稼働を決めたというのは見えすいた欺瞞である。それは、“原子力村”(資本=国家複合体)の要求に応じるために、「国民の生活」を犠牲にしても構わないという判断である。 そのことはまた、議論のないままに強行された、原子力基本法の変更にも示される。特に、原子力利用の「安全確保」を、「我が国の安全保障に資することを目的とする」という条文は、原発再稼働の動機が「核兵器」にあることを、初めておおやけに自認するものだ。
かくして、野田首相は、3.11以後、原発事故への反省を深めるどころか、原子力活用を拡大する方向に進むことを公然と布告したのである。ゆえに、われわれは多数の人々の意志を無視しその安全をおびやかす野田首相の退陣を要求する。

記者会見(2012年6月28日)

 以上の声明文について、起草者として簡単な説明をしておきます。第一に、なぜ野田政権の退陣を要求するデモを企画したのか。企画したのは「素人の乱」の松本哉氏らであり、私はそれに賛同し協力することにしたのですが、では、なぜ賛同したのか。
 第一に、先週、6月22日、首相官邸前の集会に行ったとき、私はこれまでと違った何かを感じました。組織的動員が一切ないにもかかわらず、4万5千人の参加者が続々とやってきた。そもそも、国会周辺にこんなに人が集まったことがあるだろうか。そのとき、私が思い出したのは、1960年5月19日夜のことです。日米安保条約の改定が自民党による議場占拠・強行採決で衆議院を通過したときです。それまでも安保反対のデモはあったが、その夜を境に、雰囲気が一変しました。労働組合や学生自治会とは違った、人々が国会のまわりに、にわかに湧いて出てきた。いわゆる「1960年の安保闘争」は、むしろ、その夜からの一ヶ月に尽きるのです。
 私が思い出すのは、5月19日の強行採決の日から、「安保反対」よりも、「岸打倒」にスローガンが移った、ということです。当時、中国文学者で思想家の竹内好が、今や争点は、安保か否かではなく、「民主か独裁か」なのだ、と述べたことを覚えています。
 野田首相の記者会見を聴いたとき、私はこう感じました。彼の態度はこれまでとまるで違っている。民意に対して、あからさまに高飛車で挑戦的である。それは、彼の背後にある勢力の強い圧力を感じさせます。それは俗に“原子力ムラ”と呼ばれる、国家―資本複合体です。そのことはまた、原子力を「安全保障」、すなわち、核武装と結びつける原子力基本法の改定にも見られます。
 要するに、私は野田首相の演説に「強行採決」と同じものを感じたのです。以来、毎金曜日に首相官邸前に駆けつける参加者は、それを感じ取っているはずです。人々は、自分らが愚弄され蹂躙されている、と感じている。したがって、この時期に、運動の目標が、たんに「原発やめろ」ではなく、「野田やめろ」ということに力点が移るのは、自然かつ当然です。松本氏らが「野田やめろデモ」を考えたとき、私がすぐに賛同したのは、そのためです。
 首相官邸前の集会のことは、新聞・テレビにはほとんど報じられていません。にもかかわらず、毎週、参加者の数が倍増しています。それは嘘ではない。誇張でもない。今日も、夕刻に官邸前で集会がありますので、ぜひ行って見て下さい。(後記:事実、この日、集会参加者は一八万人に達した。)
 それに対して、最近のマスメディアでは、消費税引き上げに関する、民主党内の造反、離党、野田政権の弱体化がもっぱら話題となっています。そこから見ると、野田政権はもう一、二ヶ月で終わるだろう。もともと自民・民主いずれも、近年の首相は一年で変わっている。何もしないでも変わる。したがって、別に、野田内閣打倒などいう必要はないのではないか、という意見があります。
 しかし、政治家なんていつもこんなものだ、というようなシニカルな態度は、実際は、無力で惨めなものです。確かに、野田首相はこのまま放っておいても辞めるでしょうが、主権者である国民の反対によって、辞めさせなければならない。そして、原発再稼働を中止させなければならない。
 野田が辞めたら、もっとひどい者が出てくる、自民党に戻ってしまう、という意見があります。しかし、そのときは、もっと反対すればよい。また、前任者が大衆的な反対運動で辞めた場合、新任者は同じことをやれないでしょう。それに対して、われわれが現政権をバカにするだけで、何もしないでいるなら、結局、マスメディアにおいて大衆的な人気のあるデマゴーグに政権を与えることになる。それこそ最悪です。
 ゆえに、野田首相が辞めるとしても、たんに議会内政治、あるいは党内政治によってではなく、広汎な市民の抗議によって辞めたというふうにしなければならない。そのために、われわれは「野田やめろデモ」を開始する、ということです。



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