ポスト・フクシマの原子力状況 〜東アジアを中心に〜

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ポスト・フクシマの原子力状況 〜東アジアを中心に〜

鈴木真奈美

はじめに

福島原発事故後、原子力「先進国」のいくつかは原発から脱却ないし依存度を低減する方向へ動き出した。一方、原子力の導入・拡大を目指すベトナム、ヨルダン、中国、インドといった国々は、その方針に変わりはないようである。そのためこれらの国々が計画する原子力プラントの受注をめぐり、世界の主要原子力メーカーの競争が激しさを増していると伝えられる。
本稿では東アジアを中心にポスト・フクシマの原子力について概観する。なお対象とする東アジアの範囲は「政府開発援助(ODA)白書」(日本外務省)による区分に北朝鮮を加えたものとする(1)。
原子力の利用は「軍事利用」と「平和利用」(主に原子力発電)に分けて扱われることが多い。ここでは便宜的に「平和利用」は原子力、「軍事利用」は核という用語をあてる。
ただし原子力発電は核兵器製造のための技術を発電に転用したものであり、基本的な原理・材料・工程は同じである。また利用の目的は違っても、その各工程で放射能汚染と放射線被曝、そして放射性廃棄物が必ず生じる。
それぞれの原子力/核施設の管理責任はその施設が属する主権国家にあるが、放射能に国境はない。環境中に放射能が大量放出されるような事態が発生したなら、それが意図的か事故かに関わらず、甚大な被害が広範囲かつ長期にわたってもたらされる危険性がある。
原子力が社会や国際関係に及ぼす影響も無視できない。ひとつには、その技術が核兵器製造に関わることによる。もうひとつは、原子力の利用はその上流(たとえばウラン採鉱)から下流(たとえば放射性廃棄物処分)に至るまで、差別の上に成り立っていることによる。
福島原発事故後、日本では原子力発電を維持するか否かが議論されている。その一方で日本政府は東アジアを含む海外への原子力輸出を進めようとしている。それらを念頭に置きながら、ここではまず東アジアにおける原子力の現状を整理し、次に主要国の動向を見ていく。そして人命重視の立場から、より現実的な緊急時対応を国内および多国間で早急に整備する必要性について若干の提言を試みる。

1.ポスト・フクシマの各国の原子力政策

東アジアの状況に触れる前に、2012年2月までに打ち出されたポスト・フクシマの各国の原子力政策を見ていく。政治体制や地政学的条件が異なるため一概には言えないが、それらは大まかに次の4つに分類されよう。

【グループ1】脱原発を選択、あるいは再確認したグループ。ドイツ、イタリア、スイスなど。台湾も長期的にはこの方向が示唆されている。
【グループ2】原子力を手放したくないグループ。これらは大雑把に以下のように分けられよう。国内市場の低迷などのために輸出を進めようとしている国(フランス、韓国、日本、ロシアなど)、原子力の拡大と最新技術の獲得を進める国(中国、インド、パキスタンなど)、原子力産業の復活をめざす国(アメリカなど)。
【グループ3】原子炉を輸入し、新たに(または再び)原子力発電を始めようとしているグループ。ベトナム、インドネシア、トルコ、アラブ首長国連邦、ヨルダン、カザフスタン、リトアニア、ポーランドなど。
【グループ4】増設や導入計画を凍結したグループ。メキシコ、タイ、クウェートなど。
これらのグループに加えウラン資源輸出とウラン産業の拡大をめざす国(オーストラリア、カナダ、カザフスタン、モンゴル、ウズベキスタン、南アフリカなど)がある。新規導入や拡大をめざす国々は東アジアから南アジア、中東に多く、したがって売り込み商戦が激化しているのもこの一帯である。

2.東アジアの原子力状況

1)原子炉

「平和利用」には医療用なども含まれるが、ここでは商業用の発電用原子炉(原発)を対象とする。その前に、研究用原子炉について簡単に述べる。
米国は1953年の「アトムズ・フォア・ピース」(Atoms for Peace)演説のあと、日本をはじめ自国陣営に研究炉を有償で提供し、原子力発電導入に向けた土壌をつくっていった。それはソ連も同様である。その後、東アジアでは日本(2)、韓国、台湾が米国輸出入銀行の融資を受け、米国製の原発と技術を導入。中国、北朝鮮はソ連の技術を習得した。インドネシア、マレーシア、タイ、ベトナムは商業規模の原発はないが、研究炉は保有している(3)。研究炉の多くは運転年数が40年以上を経過し、老朽化が懸念されている。事故の危険性、廃棄物処理、廃炉作業など難しさは商用原発に限られたものではなく、研究用、そしてここでは言及しないが軍事用も同様である。
世界全体で運転中の原発は2012年3月8日現在、436基である(4)。表1に世界の原発の現状を示す。東アジア(日本、中国、韓国、台湾)には世界の2割強にあたる95基がある(5)。それらのほとんどが自国の沿岸、つまりは隣国の対岸に位置する。図1に東アジアの原発分布を示す。人口が密集し且つ地震が多発する地帯に、100基近くの原発が林立していることが見て取れる。

表1 世界の原発の現状(2012年3月8日現在)
表1 世界の原発の現状(2012年3月8日現在)
出所:国際原子力機関(IAEA)のデータから作成。IAEAは福島第一原発1号機から4号機は閉鎖が確定されているため運転中の原発から除外している。http://pris.iaea.org/public/

建設中は世界全体で63基。なかでも群を抜いて多いのは中国である。同国の計画では2020年までに原発の設備容量を4000万キロワット、同年における建設中の設備容量を1800万キロワットにするとしている(6)。これは100万キロワット級の原発に換算すると58基となる(現在、16基)。今後、内陸部にも設置していくという。表2に世界の原子力発電規模予測(地域別)を示す。このとおりに進行すれば、東アジアは原発過密地帯となるだろう。ただし、これまでこうした予測が現実になったことはなく、その歴史は下方修正の連続であったことを付け加えておく。

表2 世界の原子力発電規模予測(地域別)
表2 世界の原子力発電規模予測(地域別)

東南アジア・太平洋と極東の合計が本稿で対象とする東アジアに相当すると考えてよいだろう。国際原子力機関(IAEA)は発電設備容量において、東アジア地域が北米や西欧を抜き世界最大規模になると予測している。
出所:日本原子力産業協会「世界の原子力発電開発の動向」(プレスキット)、2011年12月。
http://www.jaif.or.jp/ja/joho/press−kit_world_npp.pdf

図1 中国、韓国、台湾の原子力発電所(左)と日本の原子力(研究炉、核燃料サイクル施設を含む)施設(右)
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図1 中国、韓国、台湾の原子力発電所(左)と日本の原子力(研究炉、核燃料サイクル施設を含む)施設(右)
出所:原子力資料情報室(CNIC):http://cnic.jp/english/newsletter/nit146/nit146articles/asianukemap.html

2)核燃料サイクル施設

原子力発電というシステムは原子炉だけでは成立しない。ウラン採掘からはじまり放射性廃棄物の管理・処分まで幾つもの工程が必要となる。ひとつの工程から次の工程へと続く流れは「核燃料サイクル」とも呼ばれる。図2に世界の主流である軽水炉(低濃縮ウラン燃料を使うタイプの原子炉)の工程を示す。多くの場合、これらの工程は一国で完結することはなく、世界各地のウラン鉱山、ウラン濃縮工場、燃料成型・加工工場、原子力発電所、再処理工場、放射性廃棄物貯蔵施設との間、そして国内の港や各施設との間を、核燃料や放射性廃棄物が陸上・海上輸送されている。これまでに空輸も少数例だがある。輸送中の事故の問題については第3節で触れる。

図2 核燃料サイクルの二つのケース。非再処理ケース(左)と再処理ケース(右)
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図2 核燃料サイクルの二つのケース。非再処理ケース(左)と再処理ケース(右)

日本は再処理ケース(右)を選択してきた。これらの工程のうち実質的に日本国内で実施されているのは再転換工場から原子力発電所までと考えてよいだろう。茨城県東海村の再処理工場は研究開発運転となり、青森県六ヶ所村に設置された大型再処理工場はトラブル続きのために試験段階でストップしている。同じく六ヶ所村に設置されたウラン濃縮工場も停止したままである。出所:原子力資料情報室http://cnic.jp/files/kwd.pdf

これらの工場などは核燃料サイクル施設とも呼ばれる。そのうちウラン濃縮工場と再処理工場は核爆弾製造に直結する「機微技術」を扱う。国際原子力機関(IAEA)のデータベースから東アジアの核燃料サイクル施設を抜粋したものを表3に示す。

表3 東アジアの核燃料サイクル施設と所在地
ピクチャ 3
カッコ内は工場数。出所:『原子力市民年鑑2010年度版』、IAEA Nuclear Fuel Cycle Information System http://infcis.iaea.org/NFCIS/NFCISMain.asp?Order=1&RPage=1&Page=1&RightP=List、核情報 http://kakujoho.net/susp/north_u.html などのデータをもとに作成。

図3 原子力/核をめぐる国家間の差別
図3 原子力/核をめぐる国家間の差別

世界には核拡散防止条約(NPT、Nuclear Proliferation Treaty)によって核兵器を永久に保有することが認められている「核兵器国」と「事実上の核兵器国」、そして核兵器の保有が許されない「非核兵器国」というダブルスタンダードが存在する。それとは別に「非核兵器国」のなかでも「機微技術」の保有が許されている国(すなわち日本)と発電しか許されていない国があり、実際にはトリプルスタンダードができあがっている(7)。

東アジアを例に取ると、中国は「核兵器国」、北朝鮮は「事実上の核兵器国」、日本は「機微技術」の保有が許されている「非核兵器国」、韓国と台湾をはじめとする他の国々は原子力発電しか許されない「非核兵器国」となる。
これは原子力/核の利用をめぐる国と国のあいだの差別だが、それぞれの社会においてウラン採掘から核廃棄物処分に至る各工程で不利益を押し付けられる者が必ず生じる。こうした重層的な差別は、社会や国際政治の不安定要因となりうることは指摘するまでもないだろう。

3.東アジアの原子力動向

1)新規導入を目指す国、輸出を目指す国

 東アジアには原子力発電の(I)新規導入を目指す国(ベトナム、インドネシア、マレーシアなど)(8)、(II)海外技術を導入し国産化を進める国(中国)、(III)原子力プラントの輸出を目指す国(日本、韓国)、(IV)ウラン開発に着手した国(モンゴル)、そして(V)建設中の原発を最後に、脱原発をめざす国(台湾)が存在する。それぞれに若干の説明を加える。(V)台湾については次項で述べる。
 (I)インドネシア、マレーシア、タイ、フィリピンは福島原発事故後、導入に慎重になり計画延期(タイ)が表明されるなどしているが、撤回はされていない。ベトナムは当初の方針のままで、2020年までに4基、2025年までに11基の運転開始を目指している。
 (II)中国はフランス、カナダ、ロシア、米国、日本から技術を導入しながら国産原子炉開発を進めてきた。2017年には本格的な原子力輸出国になることを目指しているという。拡大計画に必要なウラン燃料を確保するため、中央アジア、アフリカ、オーストラリアなどのウラン権益獲得が強化されている。また膨大な量の発生が見込まれる使用済み核燃料については、再処理してプルトニウムを取り出し、高速(増殖)炉(9)で利用する路線を打ち出している。商業規模の再処理工場の建設計画が、フランスの技術協力を得て、内陸部の甘粛省蘭州で進行している(10)。
(III)日本と韓国の原子力メーカーは国内建設が頭打ちであることから、自国政府の後押しを受け、海外進出を目指している。韓国はアラブ首長国連邦(UAE)の原子力プラントを主契約者として受注。日本はベトナム案件を獲得した。両者はさらにヨルダン、サウジアラビア、インド、トルコなどでの受注を目指している。だが自国内でも目処がたっていない使用済み核燃料や放射性廃棄物の処分に加え、巨額の建設資金の融資保証、相手国の国内法や事故損害賠償の整備など、難題は多い。
 (IV)モンゴルはウラン鉱の推定埋蔵量が世界最大といわれる。過去に旧ソ連が少量を採鉱した例はあるが、ほぼ手付かずのままになっている。世界で原子力発電が拡大されることを見込んで、ロシア、中国、日本、米国、カナダをはじめとする核燃料関係企業・商社が、同国のウラン探査・採鉱の権益をめぐって争っている。2020年代に中・小型原子炉の建設も検討されているという(11)。

2)台湾:脱原発のゆくえ

(I)台湾の原子力発電所の概要
 台湾では第1、第2、第3原発にそれぞれ2基、合計6基が稼動し、第4原発2基が建設中である。表4に台湾の原子力発電所の概要を、図4にそれらと原子力関係施設の所在地図を示す。既設6基は戒厳令下(1987年解除)に設置されたもので、いずれも米国製である。第1原発と第2原発の30キロ圏内には首都・台北市が含まれ、世界でもっとも人口密集地に近い原発トップスリーの二つを占める。もうひとつはパキスタンのKANUPP原発である(12)。

表4 台湾の原子力発電所の概要
表4 台湾の原子力発電所の概要
BWR:沸騰水型、PWR:加圧水型、ABWR:改良型沸騰水型、GE:ゼネラルエレクトリック、WH:ウエスチングハウス、MHI:三菱重工 *GEは主契約者だが実際に機器を納入したのは日立、東芝、石川島播磨重工業である。
出所:http://www.rist.or.jp/atomica/data/pict/14/14020402/03.gifを加工

図4 台湾の原子力発電所と関連施設の所在地図
図4 台湾の原子力発電所と関連施設の所在地図
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出所:http://www.lib.jaif.or.jp/library/teiki/nenkan/nenkan00-01.pdf

(II)第4原発:日本初の本格的輸出
第4原発2基は、日米が共同開発した改良型沸騰水型軽水炉(ABWR)である。主契約者は米・ゼネラルエレクトリック(GE)だが、実際にはGEの契約の下、東芝、日立、石川島播磨工業が原子炉系機器を供給、タービン発電機及び付属設備は台湾電力(国営)との直接契約で三菱重工業が受注した。そのほか清水建設などが工事を請け負っている(13)。
このように第4原発は日本の原子力産業が本格的に海外展開した最初の事例(14)とされるが、プラント設計・建設をまとめるアーキテクト・エンジニアリング(AE)は最終的に台湾電力が担うことになった。第1原発から第3原発は米国メーカーとのターンキー(完成品引渡し)契約だったので、これまで台湾電力は原発の運転だけに専念してきた。したがって第4原発は台湾がほぼ自力で原子力プラントをつくりあげる最初のケースになるものと見込まれてきた。
なお原子力輸出は、その利用を平和目的に限定するため二国間で原子力協定が成立していなければならない。しかし日本と台湾の間には国交がなく、同協定は存在しない(15)。
第4原発の立地が決定されたのは1980年である。サイトは台北市の北東40キロほどの沿岸に位置する貢寮。しかし建設費の高騰に加え、経済低迷と地元住民の強い反対などから政治問題化し、着工は99年にずれ込んだ。さらに歴史的な政権交替を果たした民進党が2000年、建設中止を発表。だが国民党が多数を占める立法院(日本の国会に相当)で建設続行が決議されるなど激しい攻防の末、翌年に建設再開となった。これは着工後のキャンセルがいかに難しいかを示す事例のひとつと思われる。海外との契約は違約金の問題も含め、なおさらであろう。
第4原発はまた、活断層の直近に位置することなども指摘されている(16)。こうした立地条件の問題もさることながら、制御室が電気ショートのために黒こげになったり、水漏れで建屋が浸水したりといったトラブルが続き、工程に大幅な遅延が生じている。そもそも運転経験しかない台湾電力がプラント建設を手がけ、なおかつ採用した原子炉が日本以外に前例のないABWRというタイプだったことに無理があったとも指摘されている(17)。
台湾電力によると運転開始が1年延期されると、年50億台湾ドル(2012年3月現在の為替で、およそ140億円)以上の経費が生じるという(18)。

(II)脱原発の争点は「いつ」
台湾では原発からの脱却は、与野党で合意されている。原子力発電を廃止し「非核家園」を達成することが目標とされる。原発増設案もあったが福島原発事故後、ストップされた。残る争点は第4原発を断念し「非核家園」の実現を早めるか否か、そして既設原発の終了時期であった。
馬英九総統は2011年11月、第4原発1号機を16年までに商業運転をスタートさせる一方、稼働中の6基については認可期間を延長せず順次廃炉にしていくと表明。「穏やかに原発を減らしていき」「非核家園へと着実に邁進していく」とした(19)。  
第4原発は立地決定からすでに30年以上が経過し、これまでの投入額は2740億台湾ドルにのぼる。当初予算は1700億台湾ドルだった。あとどれほどの国費が竣工までに注入されることになるのか不透明なうえ、国内の原子力関係者のなかにさえ、完成を疑問視する声がある(20)。
フィリピンのバターン原発のように進捗率98パーセントに達していながら、安全性に問題があるとして核燃料装荷前に撤退を選択した例もある(21)。同原発は現在、観光地になっているという(22)。第4原発の必要性、安全性、そして運転の可否をめぐっては、既存の原発で生じた使用済み核燃料や放射性廃棄物の処分を含め、台湾国内で紛糾が続いている。そのゆくえは東アジアの原子力の動向を考えるうえでも重要な示唆となりうることから、別の機会に詳しく取り上げたいと思う。

4.人命の安全と緊急時対応

1)越境汚染事故への対応
旧ソ連で起きたチェルノブイリ原発事故は、放射能の越境汚染をともなう事故が発生した場合、その被害を最小限に抑えるための国際的なシステムの制度化が緊要であること、そして不幸にして被害が広範囲に及んだ場合、その責任や賠償についての国際的な取り決めが必要であることを知らしめた。原子力の利用は「超危険」(ultra−hazardous)な活動にあたるとの認識の下、国際諸条約は従来の民事上の責任制度より一層厳しい責任制度を定め、その履行を強化しているとされる(23)。
しかし軍事を含む国家間の利害から、越境汚染に対する取り組みが自国の原子力計画より優先されてきたとは言い難い。残念ながら福島原発事故での日本政府の対応は、こうした取り組みの遅れを世界、とくに東アジア諸国に追認させる結果となった。その最たるものは近隣諸国への事前通告なしで、放射能レベルが高い汚染水を大量に海洋放出したことであろう。
こうした行為が国際法上、どう判断されるかは本稿で扱う範囲を越えるので言及しない。ここでは放射能の大量放出をともなう事故が発生した場合、それによる住民への影響をできるだけ小さくするために整備しておくべき対策のいくつかについて考える。原子力/核施設の多くは、稼働中はもとより操業を終了したあとも、環境中に大量の放射能が放出・漏洩するリスクが長期にわたってつきまとう。人命の安全を最重視するなら、そうした事態が起こりうることを前提とした対策が早急に議論され、導入されなければならないだろう。人口密度が高く原発が林立する極東地域では、なおさらである。

2)早期通報と情報伝達の整備
まず、緊急時の早期通報枠組みの構築。日本は早期通報についての国際的な枠組みを定めた「原子力事故の早期通報に関する条約」(Convention on Early Notification of a Nuclear Accident)に署名している(24)。しかし近隣諸国への通報システムなどが不十分であったことが、2011年5月に日本で開催された日中韓サミット首脳宣言の付属文書から見て取れる。

我々は、緊急時における早期通報の枠組みの構築及び専門家の交流について協議を開始することを決定した。我々は、また、原子力事故発生時に、空気流の軌跡に関する分析及び予測についての情報交換を即時に行うことにつき検討することを決めた(25)。

この一文が示すのは東アジアの原発大国である日中韓3カ国の政府は、チェルノブイリ原発事故を受けてもなお、緊急時における早期通報の枠組みが不十分で、放射能拡散情報の即時交換を検討してこなかったということだ。こうした事故時の速やかな情報共有の仕組みについては、その実施可能性(後述するように、容易ではないと思われる)を含め、東アジアレベルでの協議が必要であろう。
次に、国民・住民への速やかな情報公開と伝達の仕組みの整備。その国の政府が放射能拡散に関する情報を得ても、自国民にそれを公表し、適切な指示がなされなければ意味がない。今回の福島原発事故では、日本政府は「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム」(SPEEDI)による試算結果を、住民の避難指示に用いるよりも先に外務省を通じて米軍へ提供していたことが判明した(26)。SPEEDIの開発・運用には150億円以上が投じられてきたという。しかし事故直後のもっとも肝要なときに、そのデータは住民保護のためには用いられなかった。

3)核燃料輸送事故への対応
輸送は核燃料サイクルのなかで、事故、盗難、テロなどにともなう放射能汚染や臨界に対する防護がもっとも脆弱とされる部分である。それと同時に、おそらくもっとも実態が知られていない部分ともいえよう。日本国内を走る核燃料の陸上輸送を例にとると、輸送日時、ルート、輸送物などの情報はテロ対策などを理由に、輸送車が通過する自治体への事前通知はない。事故が起きて初めて放射性物質が運搬されていることが分かるというのが現状である。
福島原発事故後、避難や飲食物の摂取制限が必要となるような事故の発生を、もはや架空の事であるとか非現実的と言い切れる者はいないだろう。そうした事故は核物質の海上・陸上輸送中でも起こりうる。つまり放射能放出事故による緊急避難を覚悟しなければならないのは、原子力/核施設の周辺住民だけとは限らないとうことだ。
海上輸送中の事故については、長時間の船舶火災や沈没などを想定したうえで、国際間で防止策、通報や避難を含む事故時対応、賠償制度などを具体的に取り決める必要があるだろう。現在までのところ、東アジア地域ではそうした取り決めはないようである(27)。

4)緊急時対応とその実施可能性
東アジアのいずれかの原子力/核施設(あるいは核燃料や放射性廃棄物を積載して航行中の船舶など)が大量の放射能拡散をもたらすような事故を起こしたとき、その情報がIAEA経由でしか近隣国へ伝わらない場合、避難を含む緊急時対応に遅れが生じる危険がある。離島であれば、そうした情報の伝達と住民の避難はさらに難航するだろう。
放射能拡散に関わる情報は軍事的意味合いも強い。国際法上・事実上の「核兵器国」をはじめ強大な軍事パワーが対峙する東アジア地域で、放射能拡散情報は気象情報も含め、どこまで共有されうるだろうか。さらには主権国家の権利とあらゆる人命の尊重、商業利益と安全強化——等々は両立しうるのか。人々の安全や情報公開よりも、軍事戦略上・原子力産業上の機密保護が優先される危険はないのか。
その一方で、原子力に関する情報セキュリティが不十分であれば別の脅威に晒される危険もあり、だからといってセキュリティの強化が乱用されれば情報が制限されたり、市民的自由が抑圧されたりする恐れがある。
このように原子力とは、鋭く対立する矛盾を内包する特殊なエネルギーである。そうした矛盾のために緊急避難をしなければならない事態が生じても、その情報が放射能の害を被る危険のある国内外の当事者へ速やかに知らされるとは確証されえない。救助できる人命も、周辺の放射線が強ければ断念を余儀なくされる。日本の原子力防災対策がいかに非現実的であったかは、今回の福島原発事故でその一部が露呈された(28)。全貌は、まだ明らかになっていない。
電力の生産手段として原子力発電を利用し続けようというのであれば、人命が優先されるとは限らない過酷な現実がいずれの身にも降りかかりうることを覚悟しなければならないだろう。そうした覚悟を強いるような発電手段を選ぶのかどうか、さらにそうした発電手段の輸出を国策とする是非をめぐっては、多方面からの「開かれた議論」(何を以って「開かれた」とするかを含めて)が必要ではないだろうか。

終わりに

東アジアを中心にポスト・フクシマの原子力状況を概観し、主要国の動向について整理してみた。この地域には日本を筆頭に、すでに多くの原発が林立しているが、さらに過密さを増す可能性がある。東アジアで原子力発電を新規導入、あるいは拡大を計画している国々は、基本的に日本など海外から技術や機器を輸入することでそれを達成しようとしている。原子力に関わる技術は核兵器製造とも関係することから、メーカーなどが輸出するにあたっては当該政府の許可が必要となる。したがって輸出国と目される国々の意向が、東アジアに限らず、世界の原子力発電のゆくえに影響するともいえよう。
福島原発事故後、日本でも原子力は絶対安全という「神話」は崩れ、現在の論争は絶対の安全はないことを前提に、どこまで対策を講じれば受容可能なのか、そもそも原子力発電は必要なのか、といった点に移った。それらについてはさまざまな角度から、従来に比べて先鋭的な議論が交わされている——より正確には、これまでなされてきた議論がやや「開かれた」形でもって展開されている——最中なので、ここではそれらには言及せず、より現実的な緊急時対応の必要性についてだけ触れた。
原発は運転を止めても、過去に発生し貯め続けられている使用済み核燃料などが、冷却水や電源の喪失などのために危機に陥る可能性は否定できない。日本の場合、液状のままタンク貯蔵されている超猛毒の高レベル廃液も存在する。日本では政府も電気事業者も安全性を強調するあまり、これまで緊急時対応については正面から取り上げるのを回避してきたように思う。原子力発電の維持やその技術の海外輸出をめぐっては、広域避難を強いるような事故の発生を前提として、国内及び多国間での緊急時対応についても、その具体的内容、コスト、実施及び受容可能な範囲などを含め、「開かれた」議論がなされなければならないと考える。



(1) 本稿では外務省「政府開発援助(ODA)白書」(2010年度版)が対象とする中国、台湾、韓国、モンゴル、東ティモール、ASEAN(東南アジア諸国連合、Association of Southeast Asian Nations)10カ国(インドネシア、ベトナム、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ、マレーシア、ミャンマー、ラオス、カンボジア)に北朝鮮、日本を加えたものを東アジアとした。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/kuni/10_databook/pdfs/01-00.pdf、2012年2月4日閲覧。
(2) 日本は最初の商業用原発(東海第一原発)は、英国からガス冷却炉を輸入。
(3) 研究用原子炉は出力こそ小さいが燃料には高濃縮ウランが用いられていたり、人口密集地や住宅地の近くに建設されていたりする場合が往々にして見られる。国際原子力機関(IAEA)のデータベースによると、東アジアでは中国15基、日本15基(うち2基が一時停止中)をはじめ、韓国、北朝鮮、台湾、インドネシア、マレーシア、タイ、ベトナム、フィリピン(運転終了)にある。それらの大半は運転開始から40年以上が経過している。すでに運転を終了した研究炉も多いが、廃炉が難航している。高濃縮ウランは核爆弾製造に適していることから未使用の燃料は、より厳重に管理される必要がある。
(4) Power Reactor Information System (PRIS), IAEA
http://pris.iaea.org/public/ , 2012年3月8日閲覧
(5) IAEAのレポートによると2011年時点において北朝鮮の原発は稼動していないようである。http://isis-online.org/uploads/isis-reports/documents/IAEA_DPRK_2Sept2011.pdf, 2012年2月9日閲覧
(6) 中山元「中国の原子力発電の概要—目覚しい発展を続ける原子力開発」日本原子力学会誌、Vol.52, No.9、2010年、54-55頁。
(7) 米国は原子力技術と資機材などを供給するにあたり、その利用を平和目的に限定することを定めた協定(一般に原子力協定と称される)を受領国との間で締結している。そのなかで米国が提供した濃縮ウラン燃料と、同国が提供した資機材を通過した濃縮ウラン燃料の再処理については米国の同意が必要と取り決められている。1988年に改定された日米原子力協定で、米国は日本の再処理決定権に対し30年間の包括同意を与えた。現行協定の期限は2018年である。韓国は日本と同様の待遇にするよう、米国に求めている。現行の米韓原子力協定は2014年に期限を迎える。米韓の新協定では再処理決定権がどのような扱いになるかが注目される。
(8) 近隣諸国へのライバル心からシンガポールも導入を示唆しているという(「原子力eye」2011年3月号、20ページ)。また2010年1月10日付The Economistインターネット版によると、ミャンマーは軍事目的でウラン濃縮技術を開発しているとも伝えられる。http://www.economist.com/node/16321694、2012年2月4日閲覧。
(9) 高速増殖炉(FBR)はプルトニウムを燃料に使い、消費した量より多いプルトニウムの生成(増殖)が可能とされる原子炉。高速とは高速中性子を指す。増殖しないタイプは高速炉(FR)と呼ばれる。どちらも高純度(すなわち核兵器に最適な)プルトニウムを生成することができる。
(10) 2010年12月27日付「海外ニューストピックス」2010第6号、日本原子力研究開発機構。http://www.jaea.go.jp/03/senryaku/topics/t10-6.pdf 、2012年3月8日閲覧
(11) 日本原子力産業協会がまとめた「アジアの原子力」のモンゴルの項より。http://www.jaif.or.jp/ja/asia/index.html、2012年2月4日閲覧。
(12) Nature on line, http://www.nature.com/news/2011/110421/full/472400a.html、2012年2月6日閲覧。
(13) 日本原子力産業協会監修『原子力年鑑2012年度版』日刊工業新聞社、2011年、154ページ。
(14) 日本原子力産業会議『原子力産業の国際展開に向けて』、2005年、13ページ。
(15) 日本弁護士連合会公害対策・環境保全委員会「台湾の原子力政策 調査報告」2002年。http://www18.ocn.ne.jp/~nnaf/nitibenren.htm、2012年2月6日閲覧。
(16) 武本和幸「台湾訪問記」より。http://www18.ocn.ne.jp/~nnaf/102.htm、2012年2月6日閲覧。
(17) 林宗堯「核四論」、2011年7月。林氏は元GEの技術者で、台湾原子能委員会が設置した核能四廠安全監督委員会の委員。「核四論」は同氏が同安全監督委員会に提出した意見書。こうした意見を受けて経済部は同年11月、プラント建設の工程管理や試運転などで国際的な機関や海外メーカーに協力を得るなどの改善策を示した。これにより台湾電力の自力でのプラント建設はなくなったといえる。
(18) 2011年10月31日付中央社日文新聞。経費とは主に利子と代替燃料。http://japan.cna.com.tw/Detail.aspx?Type=Classify&NewsID=20111031001、2012年2月6日閲覧。
(19) 2011年11月4日付台湾ニュース(台北駐日経済文化代表処のインターネットニュース)及び同11月3日付け台湾総督府新聞稿「能源政策」記者会より。http://www.roc-taiwan.org/JP/ct.asp?xItem=231216&ctNode=1453&mp=202&nowPage=11&pagesize=15、2012年2月6日閲覧。
http://www.president.gov.tw/Default.aspx?tabid=131&itemid=25756&rmid=514&sd=2011/11/03&ed=2011/11/03、2012年2月6日閲覧。
(20) 2011年7月30日付けの蘋果日報は「原子能委員会原能會震撼彈 斥台電沒能力『核四乾脆停建』」と題された記事で、原子能委員会(日本の原子力委員会に相当)の委員が台湾電力に対し「(建設)能力がないなら、第4原発はきっぱりと建設停止」にしたほうが「国費を無駄にせずにすむ」と述べた、と報じている。http://tw.nextmedia.com/applenews/article/art_id/33564131/IssueID/201107、 2012年3月8日閲覧。
(21) ノーニュークス・アジアフォーラム通信No.75の今井なおこの報告によると、フィリピン政府はバターン原発を中止したあとも米・輸出入銀行とWH社へ借款を返済し続けたという
(22) 2012年1月6日付ナショナルジオグラフィックニュース。http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=2012010601、2012年2月6日閲覧。
(23)  魏栢良 『原子力の国際管理—原子力商業利用の管理Regimes』法律文化社、2009年、191頁。
(24) 早期通報条約は原子力事故が発生した場合、IAEAを通じて、あるいは被害を受ける可能性のある国へ直接、通報することが定められている。http://www3.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/treaty/pdf/B-S62-0231.pdf ,2012年3月8日閲覧。
(25) 日中韓サミット首脳宣言付属文書「原子力安全協力」、外務省。http://www.kantei.go.jp/jp/kan/statement/201105/22jck_huzoku1.html、2012年2月7日閲覧。
また中国と台湾は2011年10月、緊急時通報や安全情報に関する交流を進める原子力発電安全協力に合意した。
http://www.mac.gov.tw/lp.asp?ctNode=7186&CtUnit=4879&BaseDSD=7&mp=117、2012年2月7日閲覧。
(26) 2012年1月16日付け共同通信。http://www.47news.jp/CN/201201/CN2012011601002390.html、2012年2月7日閲覧。
2012年1月18日付けYOMIURI ONLINEによると、内閣府原子力安全委員会の作業部会は「SPEEDIは信頼性が低いため避難判断に使わない」との見直し案をまとめたという。http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20120118-OYT1T00416.htm、2012年2月7日閲覧。
(27) 魏栢良、前掲書、174頁。
(28) 日本の原子力防災指針は原発から半径8〜10キロ圏を、重点的に防災対策を行う「重点実施地域」(EPZ)としていた。福島原発事故後、EPZは「緊急防護措置区域」(UPZ)とし半径30キロ圏に拡大され、半径5キロ圏は重大事故の場合は直ちに避難する「予防防護措置区域」(PAZ)に、また半径50キロ圏は放射性ヨウ素防護地域(PPA)と改定された。2012年3月15日付の複数の報道によると、IAEAは05年までに半径3〜5キロ圏をPAZ、30キロ圏をUPZとする国際基準を示していたが、経済産業省原子力安全・保安院は防災指針強化に意義を唱えたという。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120316-OYT1T01123.htm?from=main1、2012年3月16日閲覧。
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866921/news/20120315-OYT1T00934.htm、2012年3月16日閲覧。

主な参考文献
魏栢良『原子力の国際管理』法律文化社、2009年
原子力資料情報室編『原子力市民年鑑2011−12年』七つ森書館、2012年
日本原子力産業会議編『原子力産業の国際展開に向けて』日本原子力産業会議、2005年
日本原子力産業会議(現・日本原子力産業協会)編『原子力年鑑』各年

主な参考ウェブサイト
原子力資料情報室:http://www.cnic.jp/
国際原子力機関(IAEA):http://www.iaea.org/
日本原子力産業協会:http://www.jaif.or.jp/
ATOMICA:http://www.rist.or.jp/atomica/